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みちのくの小京都といえば

2008年08月28日 15:02

昨日の話しなんですけどね・・・

前の日記でも書いたんですけど、ムッチャ暑かったんですよね(^▽^;)

・・・なのにですよ、バイクに乗ってしまいましたよw

だって蒲公英号、2ヶ月も動かしてないから不憫で不憫で・・・
って、σ( ̄。 ̄) オイラの所為なんですけどねwww @(;・ェ・)@/反省…

チョッと気になる企画展がやっているようなので、ヘ( ̄  ̄;ヘ)))。。。フラフラァと・・・

みちのくの小京都

いやぁ・・・暑かった・・・
外気温もそうだけど、蒲公英号が熱かった・・・
上半身はソコソコスピードを出すと涼しいんですけど、下半身がね
夏場、最強のコタツになることを忘れてましたよ・・・(>▽<;; アセアセ

 

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で、着たかったところはρ( ̄∇ ̄o) ココ

用事の先

角館樺細工伝承館つーところなんですけどね・・・
ココで9月28日まで「戊辰戦争140周年展」つー企画が開催されてるわけで・・・
ソレが見たいが為に、炎天下に最強のコタツにまたがって角館まで来たわけさ♪(^▽^;)

って、これ書く前にDanDan丸さんにネタバレしてたのはガチwwww




樺細工伝承館というだけに、樺細工の実演もやってました

実演中

たぶん「藤村志登麿」さんという樺細工師ですね
一心不乱に仕事をされてました・・・
でも、「写真撮ってイイですか?」って聞くと気さくにOKしてもらいましたよ♪
きっと、すごいイイ人なんでしょうねぇ(^▽^;)




でもって戊辰戦争140周年展の内容というか、企画の趣旨はρ(・・。) コレね♪

戊辰戦争140周年展

今から140年前の慶応4年(1868)は、日本がそれまでの幕藩体制から・新国家に生まれ変わる大きな節目の年であった0前年末の王政復古の大号令以来続いた歴史の流れは、明治2年(1869)の函館戦争終了まで、国内における戦争という形で続けられた。この間、東北地方においては京都守護職であった会津藩救済を目的とした「奥羽越列藩同盟」を結成したが、内部の不統一から秋田藩と奥羽列藩は戦いとなった。
連合軍の秋田進出は、慶応4年7月より開始され、秋田南方の堅塁を次々と突破、ついにはこの角館を攻め落とす勢いであった。同年8月28日、町の南端岩瀬川原に対時した両軍は.ついに我が軍のボンベン砲を合図に、決戦の火ぶたが切られた0戦いは翌日まで続く激戦で.角館兵・西南諸藩からの応援兵合わせて30名の戦死者をだすに至ったが、遂には連合軍を駆逐し、雌雄を決する戦いは政府軍の勝利に終わった。
この町誕生以来の修羅場と化した戦いは、15歳の若い命を異郷に散らした大村藩少年鼓手浜田謹吾、岩瀬川原に悲壮な死を遂げた陶貞蔵、また佐土彦七の奮戦ぶりなど、今の世に語り継がれる数々のエピソードを残しているが、この度は節目の年に当たり、伝承されてきた戊辰戦争の諸資料をとおし、この140年の歴史を考える機会としたい。
貴重な資料を提供いただいた関係各位の皆様に、深く感謝申し上げる。



秋田藩が戊辰戦争に巻き込まれたいきさつはマンドクサイので\(^。\)オイトイテ(/。^)/

あいさつ文の中にある「大村藩少年鼓手浜田謹吾」君がパンフレットの表紙を飾っていますよ・・・

コレが見たかった

齢15歳・・・若くして肥前の国木村藩から援軍として駆けつけ、角館の地に散った若い命・・・

戊辰戦争は、日本が幕藩体制から近代国家に変貌する重要なパラダイムシフトであったかもしれないけれど、その影では会津の白虎隊など多くの犠牲の上に成り立ってる・・・
ということを改めて感じました・・・合掌

このほかにも武士の本分を病身でありながら貫き通した「陶貞蔵」や、刀を折ってまで敵を討った「佐土彦七」の展示もありました・・・



コレが「佐土彦七」の刀ですね・・・

お、折れてるし

折れた刀がリアルすぎます・・・( ̄Д ̄;;
上の刀は佐土彦七に討たれた人(名前忘れました)の刀ですが、佐土彦七没後下賜されたそうです・・・

展示自体はそれほど多くないですけれど、展示品というかテーマが重いので、見ごたえはありました

戊辰戦争ねぇ・・・そもそも、徳川慶喜が大阪から逃げちゃったから云々・・・
まぁ、昔の話ですけどね・・・(^▽^;)




ところでですね、近くに「平福記念美術館」と「新潮社記念文学館」という施設があるのですがね、樺細工伝承館とあわせて共通観覧券を買うとお安くなるということだったので、2館共通観覧券を購入したのでした・・・

ということで、文学館までは遠いので「平福記念美術館」に行くことに・・・(^▽^;)


武家屋敷の通りにはお店もチラホラと・・・

民芸品屋さん
もろこし屋さん

民芸屋さんとか、もろこし屋さんとか・・・
風景に溶け込んでイイ感じの店構えですなぁ~♪
まぁ、σ( ̄。 ̄) オイラはどっちのお店にも用はないので、華麗にスルーしたのはいうまでもないですけどwww

ふと見るともろこし屋さんから白装束の人がワラワラと・・・

お神楽?

お神楽ですかねぇ?
角館のお祭りも近いしねぇ・・・その関係かなぁ?

角館のお祭り面白いですよ♪
山車同士を通行権をかけぶつけ合うんですよ!!
勇壮で迫力があるので若い頃は見に来たものです・・・...( = =) トオイメ
問題は何時ぶつけるのかがわからんのが玉に瑕・・・
夜通しやってるお祭りなんで、ぶつける前に眠くなっちゃうんですよねwww
でも、また見に着たいなぁ・・・




伝承館から200mほど歩くと「平福記念美術館」です

平福記念美術館

なかなかオサレな建物です。
周りは鬱蒼とした木々に囲まれて静かな雰囲気です♪

「平福記念美術館」というからには、展示されてるのは「平福百穂」「平福穂庵」親子に決まってます(^▽^;)

展示の様子は・・・ナイショですけどねwww

盗撮(^▽^;)

チョッとだけ・・・(>▽<;; アセアセ

σ( ̄。 ̄) オイラ的には「穂庵」の絵のほうが好きなんですけどね・・・

いずれにしても、思いがけずいいものを見たので幸せです♪

そうそう・・・今札幌の芸術の森美術館で展示されてる「男鹿和雄展」9月20日から11月4日までこの美術館でも展示されるみたいですね♪
ネット友達の評判もいいようなので、娘二号と見に来ようかなぁ~♪♪♪





そういえば角館には何回も来ているんですけど、ちゃんと観光したことないなぁ・・・って気づいちゃいましたw
ということで、時間が余ったので武家屋敷にも入ってみたんですけどね・・・

余りの収蔵物の量に圧倒されました・・・( ̄Д ̄;;

・・・と、いうことで武家屋敷編&お昼ご飯編に続く・・・かもw (´・ω・`)ノ チャオ♪



コメント

  1. DanDan丸 | URL | WpVsaS4c

    Re: みちのくの小京都といえば

    うひょっ、古戦場、、じゃなくて、古泉洞ですな。
    そばがおいしいよね。
    ダシがうまいっていうか。
    かなり、しょっぱいが自分的には優です。

    企画展ですね。
    鎧やら、折れた刀があるんで、私も寄ってみたいところ。
    陶貞*さんがどうたら、、。
    って、先に、ネタばらししてスミマセン!(^^)!

    伝承館の向かいの佐竹なんとやらに、姉がいます。、、、

  2. mAm23 | URL | -

    Re: みちのくの小京都といえば

    DanDan丸さん

    ( ゚д゚)ビンゴー!!・・・ネタバレしちまったぜwww

    お昼は残念ながら「そば」じゃなかったんですよw
    今度食べてみますね!!

    企画展なかなか面白かったですよ♪
    チト、リアルでイロイロ考えさせられました・・・

    伝承館の向かいといえば・・・資料館ですかね?
    コッチも今度行ってみます!!

  3. あきあき | URL | A3pHa/TI

    Re: みちのくの小京都といえば

    東北とはいえ、暑い日は暑いんですね~
    行ったことないから、勝手な印象ばかりが先行してますねΣ(^∀^;)
    蒲公英号は、冬にこそ本領発揮のバイクのようで。

    博物館とか資料館、ちょっと行きたくなりました♪
    静かな空間でぼーっと何かを見てるのって、結構好きなんですよね。
    でも、僕より若い命が散っていった戦争のことを思うと、考えさせられますね…。

  4. 三十郎(42) | URL | mQop/nM.

    Re: みちのくの小京都といえば

    う~ん
    戊辰戦争の時佐賀藩士も秋田へ援軍に行ってるみたいですねぇ

    ・・・じつはうちのご先祖さん
    戊辰戦争に参加した佐賀藩士の1人なんです
    何かのご縁があったのかもしんないですね^^;

    残ってる手紙から
    動乱の時期で生活に窮した家に
    各地を転戦しながら
    貰ったお給料を仕送りしてたみたいですよ

    古今東西どちらの陣営の兵であっても
    みんな家族の事とか考えてたんでしょうけど・・・
    平和は有り難いです。

  5. mAm23 | URL | -

    Re: みちのくの小京都といえば

    あきあきさん

    今年初めて”真夏日”にバイクで走ったような気がしますw
    道路にある温度表示は34度でした ε-(´o`;A アチィ
    コタツの温度は低温火傷チョイ前・・・w

    戦争って大義では意味はあるかもしれませんけど、個々の犠牲の上に成り立ってるんですよね・・・
    今の日本が彼らの礎の上に成り立ってると思うと感慨深いです
    たった140年前の出来事なんですけど・・・

  6. mAm23 | URL | -

    Re: みちのくの小京都といえば

    三十郎(42)さん

    三十郎(42)さんのご先祖様はお侍さんでしたか
    当時の手紙が残ってるんですね・・・
    それぞれの立場で、それぞれの家族のことを心配しながら戦っていたんでしょうね・・・
    戦争というのは悲しいことです

    平和が一番!
    でも、その平和がどのような礎の上に成り立っているのかを考えるのも必要ですよね

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